電柱日報

日々の由無し事

『完全な真空』(スタニスワフ・レム)

基本的に文庫、よっぽど気に入った作家でも新書でしか本を買わない私が、珍しくハードカバーの単行本を購入。
一応SFというジャンルに入る本だと思いますが、「まだ出版されていない未来の(架空の)書籍に対する書評集」という形式をとっているちょっと変わった一冊です。
でもって、その最初の書評は、架空の書籍に対する書評集という形式をとっている『完全な真空』という書籍について(!!)。
架空の書籍に対する書評集である『完全な真空』自体が、書評の対象となっているという矛盾。
『完全な真空』が架空の書籍に対する書評集であるならば、『完全な真空』自体が架空の書籍なはずで。
しかし、頑として『完全な真空』が目の前に存在する以上、『誤謬としての文化』『ロビンソン物語』といった『完全な真空』で言及されている他の書籍が存在しないという保証がどこにあろうか……。
いわんや、『新しい宇宙創造説』をや、てなもんですよ。
さて、本書の肝であるところの『新しい宇宙創造説』では、大胆な前提にたって我々の住む宇宙の成り立ちを解明して見せてくれます。
ノーベル物理学賞受賞記念講演の講演原稿の形で語られるこの宇宙論により、時間を逆行できない理由、光速を超えられない理由、宇宙背景輻射の正体などの諸問題が、明快に解決されちゃうんですよ。
一般向け講演であるという背景から小難しい数式などは全く出てこず、平易な言葉で表現される宇宙の姿は、これまでの物理学によって説明された世界とは懸け離れた物ですが、何ともいえない説得力を感じてしまうのは何なんでしょうねぇ。
というわけで、現実と架空の境目が非常に曖昧になる奇妙な感覚を味わえますよ。

完全な真空 (文学の冒険シリーズ)

完全な真空 (文学の冒険シリーズ)